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慈眼寺 銅鐘(県指定文化財)

印刷 文字を大きくして印刷 更新日:2019年2月1日更新
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慈眼寺 銅鐘(じげんじ どうしょう)

指定区分 県指定文化財
種  別 工芸品
指定年月日 昭和36年5月12日
年  代 鎌倉時代(延慶2年)
所有者 慈眼寺
所在地 久留美1722
概  要  

 3区25行に書かれた銘文には、「延慶二年(1309)四月拾四日」、「大工伊豆宗友」とあるが、もともと印南郡益田村(加古川市神吉町升田)の佐伯寺の鐘で、寺伝では豊臣秀吉が神吉城を攻略した後、鐘を慈眼寺に移し、三木城攻めの際の陣鐘(じんしょう)として使用したという。             

 ちなみに、「伊豆宗友」の記銘のある梵鐘(ぼんしょう)としては、美濃国赤坂の安楽寺梵鐘は、かつて関ヶ原合戦で西軍に与した大谷吉継が陣鐘として播州から持ってきたものを、徳川家康が戦利品として押収して、安楽寺に寄進したと言われている。鐘は、応永29年(1419)に鋳造された印南郡の生石神社(現高砂市)のものであった。        

 鋳造された年代は全く異なるが、数奇の運命をたどる「伊豆宗友」銘の鐘として興味深い。

慈眼寺銅鐘